河津桜
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久し振りに見る、ファインダー越しの美しい姿。
ふいに出た涙でにじんだ。

人は、生かされているのだと思った。





 
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 地震のことを書いておこうと思います。

 大震災と言えば、記憶に鮮明なのは阪神・淡路大震災。
 当時高校2年生でしたが、被災地の悲惨な状況に胸を痛めた記憶があります。
 その後も、日本でも外国でも様々の地震や津波があり
 その度に自分なりに、被災者の人達の苦労に思いを馳せた・・つもりでした。
 しかし、今思うと。今思うと、どこか他人事だったように思います。

 今回ばかりは違いました。

 地震発生時、私は自宅のリビングにいました。
 息子に授乳をしていて、そろそろ終わり・・
 これからしばらく寝るだろうから、少しゆっくりするか・・
 などと思っていた矢先。
 ぐらっと揺れ始める。
 地震国家、地震に慣れている日本人の一人として
 しばらくはじっと様子を見ていたが・・・・!
 治まる気配はなく、むしろ激しさを増していく!
 はっと息子を抱えて立ち上がり(胸をしまって。この辺りは冷静)、
 避難経路を確保しようと玄関に向かいながら、
 思い出したのは3日ほど前に福島で大き目の地震があった事、
 頭をよぎったのは
 「ついに・・・ついに関東大震災が来た!」
 「せっかく息子も生まれてきたのに死にたくない」
 の二つでした。

 玄関を開けると・・・ごーーっというものすごい音。
 近くを走る電車の音、ではなかった。
 地鳴りのような、地響きのような。町全体が揺れている。うなっている。
 揺れは激しく立っていられない。背後の室内ではがしゃんと音がして
 色々なものが落ちたりしている様子だった。
 ドアにストッパーをかけ、マンションの廊下にしゃがみこんだが、
 冷静さをすっかり失って
 「このままではマンションが崩れる。今すぐ逃げなくてはならない」と思い
 息子を抱えて、サンダル履きのままマンションの階段に向かい駆け下りる(危険行為)。
 ふと上の階の廊下を見ると、
 知り合いがお子さんを連れながら、こわばった表情で自宅に戻っていく様子が見えた。
 上の子が家にいるのだろう。
 2階まで降りると近所の人に出会う。そこで揺れが治まっていることに気が付く。
 怖かったですね・・と涙目になりながら、言葉を交わす。気が付いたら指も震えていた。

 再び階段を登り自宅に戻る。音の割にはリビングはそれほどの散らかり具合ではなかった。
 夫が心配しているだろうとメールを打っていると電話が鳴った。会社にいる夫からだった。
 無事を伝えてすぐに電話を切り、しばらく呆然としていると余震が来た。
 余震と言っても、かなりの激しい揺れだ。
 これは・・・・「またすぐにもっとすごい地震が来るかもしれない」と思い
 すぐに逃げられるように最低限の荷物をまとめ始める。
 息子のオムツは、(仮に避難所に行くような事態になったら)いくらあっても足りない気がするが
 10枚ほど詰め込み、家にあるだけの現金、息子の着替えと母子手帳などもつめる。
 最後に彼の姉に当たる子の位牌も持っていこうと、
 リビングの隣にある書斎部屋(もどき)を開けると
 一瞬、見知らぬ部屋に入り込んだのかと思った。
 植木鉢が、パソコンデスクから落ちて、土が全て部屋中にぶちまかれていた。
 そして、ゾッとしたことにはプリンターが同じくパソコンデスクから床に落ちており
 パソコン本体と外付けHDDが、配線はついたままデスクから宙釣りなっていた。
 この二つだけは元の位置にとりあえず戻しておく。意外にも重たい本棚は倒れていなかった。
 何故か倒れずにいた位牌をカバンにつめ、息子をおんぶ紐で背負う。カバンもたすき状にかける。
 
 ふと、車はどうなっているのだろうと思い、一階に降りる。
 さすがに駐車場にしっかりと納まっていた。
 マンションの人達が何人か下に集まっていた。
 人によっては大きなスーツケースを抱えている人もいた。
 少し会話を交わして、気分が落ち着く。
 ふと気が付くと、背中の息子が室内にいる時のままの服装であることに気が付き
 自宅に戻る。

 息子に厚着をさせ再びおんぶ。カバンと自分の防寒着は玄関に置いておく。
 散らかった室内を片付けなくてはならないが、そわそわしてとてもそんな気分になれない。
 愛機KissDもリビングに転がっているが、何故だか拾い上げる気になれない。
 余震は度々起こり、玄関はもうずっと開けっ放しにしておく。
 いつの時点でテレビをつけたか記憶が定かではないが、
 福島県沖でマグニチュード8.4(後に修正された)の大地震が起きたことと
 日本中、特に東北で大津波警報が発令されていることは分かった。
 そして首都圏の各鉄道が、運休となったことも報じられていた。
 テレビに妙な違和感があったが、その正体は民放でCMが流れていないことだった。
 そわそわと、時折一階に降りて近所の人と会話を交わしたりする。
 夕方も近くなり、いい加減片付けなくては・・と室内を片付ける。
 やはり一番厄介だったのは、床に散らばった植木鉢の土だった。
 プリンターは息子をおんぶした状態では持ち上がらなく、部屋の隅においておく。
 台所の食器類は飛び出ることなく、食器棚の中で倒れるだけで済んでいた。
 
 テレビでは、帰宅困難者の様子が中継されていた。
 駅にあふれる人々。異常事態だ・・
 翌日会う約束をしていた都内で働く友人はどうなったのだろうか。
 メールを送ってみたが、届いているかどうか定かではない。
 
 17時半になった。息子をおんぶし続けて3時間。そろそろ限界だ。
 とっくに眠ってしまっていた息子を降ろし、ガスを普及させ(これが時間がかかった)
 幸運にも昼の時点で既に作ってあった夕飯をそそくさと食べる。

 我が家の生活パターンは、この後すぐに入浴だ(その後息子に授乳させて寝かしつける)。
 こんなに余震ばかりで今後もどうなるか分からないのに
 すっぱだかになるのは不安すぎる。が、息子を入浴させないことには
 夜寝てくれるのかどうか分からない。
 今晩ばかりは寝てくれないと、この疲労困憊状態では絶えられない気がする・・
 意を決して、今までのMAX高速入浴をする。さすがに髪は洗わなかった。
 
 入浴後夫から電話がかかってきた。すごくこちらの状況を心配している。
 お互い頑張ろうと励ましあう。

 息子はいつも通り21時に寝てくれた。
 このまま私も寝た方が良いのだろうが・・・とても眠る気分になれず
 ホットミルクを飲みながらテレビを見る。不安な気持ちがずっと続く。
 画面右上に死者数が出ていたが、こんな数字では済まないだろう。と漠然と感じる。
 22時になり、やっぱりもう寝た方が良いと思い布団に入る。
 眠れないだろうと思っていたが、身体は疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
 
 3時。余震で目が覚める。
 友人はどうなったかと携帯を見ると、メールが6件も入っていた。
 友人は会社に泊まっていた。良かった。明日はキャンセルとなる。
 ここで、テレビをつけてしまった。
 画面に火の海が広がっていた。
 気仙沼の火災の様子と千葉のコンビナートの火災の様子だった。
 不安な気分にさらに加速度が増していく。本当にものすごい震災が起こったのだ。
 画面右上の死者数は百単位に膨れ上がっていた。
 
 他のメールも友人からで、皆一様に不安な様子。
 5時間かけて都内の勤務先から徒歩で自宅に戻った子もいた。
 普段ならこんな夜中にメールをしたりしないが、誰かとコンタクトを取りたくなり
 メールを打ってしまう。
 その後もテレビを見続ける。
 
 有難いことに21時から眠り続けていた息子は4時になって起きた。授乳だ。
 リビングに連れてきて与える。私の目はテレビに釘付けだ。
 息子は5時に眠りについたが、私の頭は冴え渡り中々眠れずに過ごす。
 それでも日が昇るころ、ウトウトと眠っていた様子。

 朝7時に起き、洗濯をしたり朝食を摂ったりする。
 夫は朝5時にタクシーに乗ったものの、大渋滞で途中降り
 3時間歩いて帰ってきた。会社を出てから5時間。
 顔を見た瞬間、それまでの緊張が・・ほーーっとゆるみました。長い一日でした。

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 地震後、1週間くらいはテレビの映像が強烈過ぎて
 自分の地震の体験とリンクしてしまい、不安な気持ちがずっと続いてしまいました。
 東京は、その後すぐの品薄状態、計画停電などで落ち着かなく、
 今は原発に対する不安、特に我が家は乳児がいるので
 水に対する心配など、色々と尽きません。

 でも、東北の被害の深刻さに思いを馳せると・・
 何も奪われず何も変わらずに生活できている今を、自分の現在おかれている環境を
 心から感謝せずにはいられません。

 東北地方の復興に向けて、被災者の方々の苦労を思い、
 自分に出来ることをしていこうと思う次第です。
 
 冒頭の写真は、地震から一週間後、
 地震ストレスというか、妙な疲労が溜まっていたので
 家族で気分転換に出かけた公園で咲いていたのを撮りました。
 息子が寝た隙に夫に預けて(それも15分で時間切れとなってしまいましたが)の撮影でしたが
 ゆっくりと花を撮る事はとても久し振りで・・・・
 
 撮れるということ、何かを美しいと思えること、
 生きていることが、無性に有難く思えた、そんな瞬間でした。

 大変長くなりましたが、読んで下さりありがとうございます!

 ひとひと
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by hitohito1201 | 2011-03-31 15:57 | ▲top
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